4月29日配信回
2024.04.29

4月29日(月)配信 元陸上選手 為末大

略歴

1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者。現在はスポーツ事業を行うほか、アスリートとしての学びをまとめた近著『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を通じて、人間の熟達について探求する。その他、Youtube為末大学で様々な選手との対談などの発信、アジアのアスリートの育成・支援にも取り組んでいる。

笠井:100メートル走から始まり、日本人ではなかなかいない400メートルハードルに転向。8歳から陸上を始めて100メートルは才能があったのでしょうか?

為末:実は全国大会で一番になったのは100メートルですね。中学生当時の記録もあって。

笠井:それでなぜ100メートルをやめたのでしょうか?

為末:高校に入って伸び悩んだのです。100メートルは才能ある人が一番集まる陸上競技で、後輩にも抜かれていって当時は危機感もあった。加えて世界大会を見た時、100メートルの世界のトップは凄まじいレベルで、正直難しいなと思いました。他に何かないかと考えていた時に、たまたまハードル走が目に入ったんです。そして、これだったらまだ可能性があるかもと考えたのが一番最初のきっかけでした。

笠井:アスリートの世界では一つのことに取り組み続けるのが美徳だと思いますが、逃げたと思われるような選択をしたことについてはどう考えましたか?

為末:一回逃げたら逃げ続ける羽目になるのではないかと言われますよね。でも、もう少し複雑に考えることで勝てる競技じゃないと世界では勝負できないと思ったのです。とはいえ400メートルハードルはだいぶマイナーですよね。マイナーな方を選んだのは少し抵抗がありましたが、せっかく選んだのだからここで勝負していくぞと思ったのも事実です。

笠井:為末さんの著書でも見ましたが、「諦める力」ですよね。たくさん本の中でも書かれていましたが、諦めているようで勝つことは諦めていないと力説されている。

為末:やはり何が一番大事かということだと思います。大好きな100メートルハードルか、世界で勝負できる可能性のある400メートルハードルのどちらに行くべきか迷いましたが、400メートルハードルを選びました。僕にとって一番大事だったのはニッチでもいいから、より高い所に行けそうな方だったんです。

笠井:諦めではなくて、勝ちに行く戦略ということですよね。アスリートの成功者たちにインタビューすると、諦めずに努力し続けることがキーフレーズになっている気がするのですが、この点、為末さんはどう考えていますか?

為末:基本はその通りだと思います。しかし、自分にも特性があり、世の中にはたくさん選択肢がある。すると、これらがフィットしなければなかなか能力が発揮できませんよね。だめなものは割り切って、リソースを一カ所に集中させた方がうまくいきやすいと感じます。もう一点感じるのは、私たちはキラキラしたものに注目しがちで、ここなら自分が輝けるというニッチなものを軽視している気がするんです。一旦世界をフラットにして冷静に見つめられる視点は大事だと思います。

笠井:それではここからは3つのキーワードで為末さんの仕事との向き合い方を伺っていきます。第一のキーワードはモチベーション。為末さんの仕事のモチベーションは何でしょうか?

為末:これは好奇心ですね。

笠井:その好奇心による経験にはどんなことがありますか?

為末:アジアの選手を指導しているのですが、元々はアジアのスポーツに興味があったのがきっかけでした。例えばブータンでは陸上競技場が1つしかないのですが、そこで歩いている人がたまたま陸上競技協会の会長だったことがあったんです。コーチが足りないとの話があり、自分にできることがあるか尋ねると、もう一回来てほしいと言われました。そこでもう一度訪れると、本当に2回目来たのはお前が初めてだと言われて、そこから7年ほど指導を続けています。

笠井:アジアの強豪国に行くのではなく、ブータン。現地ではどんな学びがあるのですか?

為末:ブータンは幸せな国で、あまり競争したがらない。だけどスポーツは結構好きで、一番学びになったのはモチベーションがピュアなところですね。スポーツが面白くて好きだから目がキラキラしているんです。技術を教えるのと同時に、毎回ブータンの考え方を教えてもらっています。

笠井:続いて第二のキーワードは信念。為末さんの仕事の信念とは?

為末:人のために取り組む。アスリートは自分の体を第一、成績を第一と考えるんですけど、引退した後にその習慣が残っているとうまくいかなくなるということが、セカンドキャリアで多いんですよ。私も苦戦していたのですが、ある時にこれは自分のわがままなんじゃないかと思い、人のためと考えるようになってからうまくいくようになった。なのでこの点は意識してますね。

笠井:具体的に人のためにしたことは何かありますか?

為末:現在、選手たちのグラウンド外での学びを構築しようとしています。やはり選手というのは競技に集中しすぎて、競技外での学びのサポートが弱いんですよね。色々な選手と話して悩みを聞いているんですけど、大体グラウンドの外で困っている。なので競技外で学べる教育プログラムをつくれないかと、今取り組んでいます。

笠井:自分の人生の横に別の人生が流れていることを意識した方がいいという為末さんの考えを聞いたことがあるんですけども。

為末:そうですね。諦めたりやめるというのは何かの終わりと意識しがちですけど、やらないことで新しい別の人生が流れている可能性がある。やらないことが自分にとっていい選択肢かもしれないので、並列して色々な人生を見ておくのは大事だと思いますね。

笠井:最後のキーワードは未来へのビジョン。今後の挑戦についてはいかがでしょう。

為末:まず、人間らしい社会を実現したいです。そのためにスポーツはいい要素だと私は思っているので、スポーツのハードルを下げることと、アスリートたちにスポーツ以外の教育を提供していきたいですね。

笠井:ありがとうございます。本日のゲストは為末大さんでした。

為末:ありがとうございました。